萌芽の頃
「こらっ、祐太っ! ここは遊び場じゃないと何度言えばわかるんですかっ!」
道場で隊士の指導に当たっていた総司が精一杯表情を厳しくして叱りつける。
けれど周囲の声が、その尖った声音をやんわりと逸らしてしまう。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。未来の新選組筆頭剣士なんですから、
今から修行する事も大切でしょう」
「そうですよ。我々がじっくり指南しますから」
「先生は安心して見守っていてください」
自分と祐太の間に立ち塞がる部下達の姿に、今日も総司は溜息を吐いた。
七歳になった祐太は隊の裏方仕事を手伝うセイと一緒に屯所に通う。
普段は小さな手で筆を持ち、近藤や井上に教えられて文字を学び、
時には斎藤や土方に剣の教えを受ける。
とはいってもまだまだ幼児の遊びの範囲だ。
大人達にしても可愛い息子や孫を相手にしている気分でしかない。
最近は総司が道場で隊士の指導をしていると、遊び相手として原田が連れてくる
一歳上の茂と共に楽しげに混ざって竹刀を振るうようになった。
「えいえいっ」
その声音は可愛らしい。
ついつい隊士達が代わる代わる相手をしてしまう。
そんな事では隊士達の鍛錬にならぬと諌めようとも祐太に甘い近藤までもが
隊士と一緒に総司を宥める側に回るのだ。
そんな事情でここ最近、撃剣師範の頭は痛んだままだった。
「総司様? どうかされましたか?」
夕餉の後片付けを終えたセイが部屋に戻ると、眠ってしまった祐太の頭を
膝の上に乗せた総司が物憂げに溜息を吐いている。
「少し・・・困ってるんですよねぇ・・・」
祐太の身体が冷えぬようにと衣をかけたセイが気遣わし気に総司を見つめる。
夫婦揃って隊の仕事をしている以上、重要機密以外は隊務の話も
家での会話に上る事もある。
けれど今日の様子はひどく深刻のようだ。
「何か?」
重ねてセイに促され、総司が口を開いた。
翌日、いつものように総司が一番隊を指導している道場に
走りこもうとする祐太をセイが止めた。
怪訝そうな我が子を稽古着に着替えさせ、道場に連れてゆく。
――― ざわり
道場内が一度ざわめき、次いで水を打ったような沈黙が広がった。
「セイ?」
隊士の指導をしていた総司が入ってきたセイの姿に眼を見開く。
女子と発覚した事で隊を離れて総司の妻となってからも、
セイが剣を手放していない事は誰もが知っている。
祐太を生んだ後も時間を見つけては鍛錬を欠かしていない事も。
けれど今まで一度として稽古着に身を包んで隊士達が修練している道場へ
現れる事など無かった。
それは己の稽古はあくまでも個人のものであり、命懸けの隊務を支える
鍛錬の場に足を踏み入れる事を良しとしなかったからだろう。
セイがはっきり語った訳ではないが、総司はその心境を正確に理解していた。
その人が面に厳しさを湛えて、この場にいる。
「どういう事ですか?」
困惑を声に乗せた総司の問いにセイではなく祐太が答えた。
「しゅぎょうを、するの」
「修行?」
鸚鵡返しに問いかけた総司に祐太が頷く。
「どうじょうできちんと、しゅぎょうをするのですって」
いつものように隊士達に相手をしてもらうのも楽しいけれど、
やはり母であるセイに構って貰えるのが嬉しいらしい。
にこにこと満面の笑みを振りまいている。
「セイ?」
重ねて問う総司の言葉にセイの表情が一層厳しさを増した。
「私がきちんと仕込みます」
「仕込む?」
「剣というものがどういうものか。稽古がどのようなものかを、きっちりと」
阿修羅の眼差しにその真意を悟った総司が首を振った。
「だったら私が」
「いいえ」
ピシリと総司の声を撥ねつける言葉は強い。
「沖田先生は隊士の指導が仕事のはずです。お邪魔をして申し訳ありませんが、
道場の片隅をお借りいたします」
その言葉を受け、痛ましげに眼を伏せた総司が小さく頷いた。
「ふ、副長っ!!」
バタバタと騒がしい足音に続いて、伺いもせずに副長室の障子を開けた隊士が
転げ込んできた。
「・・・やかましい・・・」
怒りを押さえた土方の声音にも、その隊士は怯える気配が無い。
「か、か、神谷がっ!! っっっっげほほっ」
余程興奮しているらしく、言葉が続かず咳き込み出した。
大きな溜息を吐きながら土方が傍らの湯飲みに水を注いで隊士に差し出す。
「す・・・す、ぐほっ・・・すみま・・・こんこんっ、せんっ・・・ごほっ!」
「いいから・・・少し落ち着け」
「は・・・はいっ・・げほげほっ・・・」
何があったかは知らないが、それなりに尋常ではない事なのだろうと
土方も内心で心の平静を保つ準備をした。
「し、失礼しました」
ようやく落ち着いた隊士が頭を下げるのを見やりながら、改めて問いかける。
「で、何があったって?」
「神谷が、道場で・・・」
言葉の途中で土方は部屋を飛び出した。
「立ちなさいっ!」
駆け込んだ道場では男達が無言で立ち尽くし、目の前の光景に唇を噛んでいる。
磨かれた床には小さな身体が横たわる。
声にならない泣き声が小さく漏れ聞こえるが、それを聞く気もないように
セイが腕を掴んで引き起こした。
「これが道場での修行というものですっ! 遊びと一緒ではありません!」
振り下ろされるセイの竹刀を留めようというのか、祐太が子供用の短い竹刀を
必死に頭上に持ち上げた。
それを軽く捌いて払いのけたセイが、強く祐太の肩口を打ちつける。
頭を庇うように小さく蹲った背に重ねて竹刀が振り下ろされた。
静まり返る道場に祐太の泣き声だけが響いている。
修羅の様相に息を飲んでいた土方が我に返って怒鳴りつけた。
「いい加減にしやがれっ! 防具もつけねぇ子供に何をしてやがるっ!」
けれど厳しい表情を崩しもしないセイは凛と揺るがない。
「この子は沖田総司の息子です。誠の為に己を鍛え、命を守る為の鍛錬の場所が
どのようなものであるのかを、きちんと知らしめなくてはなりません。
この場所は、新選組の道場という場は、覚悟を持った者のみが足を踏み入れる事を
許された場所。童の遊び場ではないのです!」
火を噴くようなその言葉は土方だけではなく、ここ最近祐太の相手をしていた
隊士達にも向けられていた。
我が子を慈しんでくれる事には心から感謝する。
けれどそれは余暇であるべきで、鍛錬の場に持ち込むという事は
各人の命を危うくする事なのだ、と。
万が一祐太の相手をする事で己の修練に手を抜いた者が命を落とすような
事があれば、それこそ取り返しがつかないのだ。
そんな事があってはならない。
それをこの子に、そして仲間の全てに伝える事が必要だった。
「ははうぇ・・・」
げぼっ、と祐太が胃の腑から朝餉の残りを吐き出した。
それをちらりと見たセイの表情は動かない。
それどころか再び竹刀を構えようとした。
「うっわぁぁぁぁぁんっ!!」
道場に一際大きな泣き声が響き渡った。
入り口近くで父である原田の足にしがみついて呆然と眼前の光景を見つめていた
茂が飛び出し、セイを押しのけるように祐太の身体に覆いかぶさったのだ。
「もうやめてっ! もう叩かないでっ! わぁぁぁんっ!!」
祐太より一回り以上大きな身体で、もはや動く事も出来ない小さな友人を
必死に庇おうと腕を回す。
父親に似て意地っ張りな茂が声を放って泣く姿に、その衝撃の強さが表れていた。
響き渡る泣き声に凍結から放たれたように慌てて大人達が動き出す。
「わかった。わかったから、もうやめてくれっ!」
「お前の言いたい事はわかった、神谷。でも、もうこれ以上は無理だ」
「俺達が悪かった。頼むから、もう勘弁してくれよ・・・」
セイと子供達の間に数人の隊士が入り込んできた。
誰もが苦しげに顔を歪めている。
セイの真意は理解できた。
これは全て自分達が招いた事なのだと思えばこれ以上黙って見ている事など
出来るはずもない。
「セイ。私ももう良いと思いますよ」
静かな総司の声にセイが頷いた。
けれど強い眼差しで総司に乞う。
「沖田先生。私にも稽古をつけていただけませんか? 手加減無しで」
暫く無言でセイの瞳を見つめていた総司が呆れたように息を吐いた。
「わかりました。だったら防具をつけてください。私は稽古で貴女の命を
奪う気はありませんからね」
「いやぁぁぁっ!」
高いセイの気合が道場の空気を揺らす。
やはり隊士時代に比べれば身の軽さも剣の技量も落ちているとはいえ、
その力量は侮れない。
壁際に運んだ祐太の背を支えながら土方の眼が細められた。
――― ダダンッ!
数合の激しい打ち合いの後、セイの身体が壁に打ちつけられた。
元々力勝負になれば女子のセイが男に敵うわけも無く、まして剣の技量において
段違いの総司を相手にすればまともな勝負になるはずもない。
幾度も防具の上から竹刀を叩き込まれ、容赦無く壁際に吹き飛ばされる。
隊士だった頃でさえ、これほど激しい稽古をつけた事など無いかもしれない。
愛しい妻に向けるとも思えない鋭さで竹刀が振られ続ける。
「くっ、まだまだっ!」
面の中から掠れた声が響いた。
どれほど激しく打ち据えられてもセイは足を止めようとしない。
竹刀を握る手からは顕かに力が失われつつあるというのに、
その気力は失われる事が無いように見えた。
その姿を呆然と見つめていた祐太の瞳に強い光が宿った事に気づいたのは、
セイの相手をしながらも息子の様子を観察していた総司だけだった。
――― パンッ!
一際激しく面を打たれたセイの身体が小さくよろけた。
それでも軽く頭を振り、竹刀を構えようとした時。
「やめっ!」
静かだが有無を言わせない強制力を持った声が掛かる。
「・・・斎藤さん」
ほっとした総司の言葉に斎藤が小さく頷く。
「もう良いだろう、神谷」
その言葉が緊張の糸を切ったらしくセイの膝からがくりと力が抜けた。
「おっと・・・」
細い体が倒れこむ前に総司が腕を伸ばして支え、そのまま床へと横たえた。
「アンタも苦労するな」
斎藤の呟きに意識の無いセイの体から防具を外しながら、総司が片頬だけで笑う。
「この人と一緒になった時から覚悟の上ですから。それより、土方さん?
そっちはどうですか?」
その言葉に土方が小さく舌打ちして答える。
「こっちも同様だ」
ボロボロになった祐太も斎藤の声が限界だったように意識を失ったらしい。
「祐太は俺達が見よう。アンタは神谷を」
「すみません」
目覚めた後にセイが味わうだろう心の痛みを察している斎藤の言葉に礼を込めて
頭を下げた総司が、そのままセイを抱き上げると道場を出て行った。
額に感じた濡れ手ぬぐいの冷たさにセイの意識が浮上した。
「・・・・・・ぅん?」
「気づきましたか?」
既に日が暮れているのか室内は行灯の仄かな明かりにぼんやりと照らされている。
「まったく、無茶をするんですから・・・」
溜息交じりの総司の声を聞いたセイが、瞼の上に握り締めた両手の拳を当てた。
「・・・鬼、ですよね・・・」
噛み締められた歯の隙間から押し出すような声がセイの唇から零れた。
まともに竹刀を振る術さえ知らない幼子を、引きずり打ち据える母など
どこの世界にいるものだろうか。
全て覚悟の上とはいえ、竹刀を通して伝わってきた柔らかな身体の感触が
自分を苛み続ける。
鬼であれ、と己に言い聞かせ続けた。
祐太はもちろん、大切な仲間達を守るためにも鬼となれ、と。
それを己に課した以上、泣く事など許されない。
セイの拳が一層強く瞼に押しつけられた。
「ほんっとうに意地っ張りなんですから、貴女ってば」
柔らかな声音に相応しくない力でセイの面から手が引き離された。
そこには困ったように微笑んでいる男がいる。
「泣いていいですよ」
「でも、私は・・・」
「わかってますから。祐太を打つ毎に揺らがぬ表情の裏で貴女が
涙を流していた事は。心の中でどれほどの悲鳴を上げていたか・・・
どれほどに辛かったか・・・」
全て、わかっていますから・・・と、髪を撫でられてセイの眦から
押さえに抑えていた大粒の雫が伝い始めた。
「だって、他にどうしていいかっ!」
「ええ・・・」
雫を払うように総司の指先がセイの眦に触れる。
「祐太のせいで、皆に何かあったらっ!」
「ええ・・・」
拭っても拭っても止まらない白珠に総司が唇を寄せた。
「でも、あの子はあんなに小さいのにっ!」
今にも血を吐きそうな叫びを全て飲み込むように総司が唇を重ねる。
このままこの強く優しい妻の慟哭全てを引き取ってしまおうとするように、
執拗に深い口付けを繰り返す。
すっかり息が上がり、僅かに残っていた体力までも全て奪い取られたセイが、
目元を桜色に染めて総司を見上げた。
「総司様・・・ひどい・・・」
こんな風に何も考えられないようにするなんて、と恨ずるセイの髪が
やわやかに撫でられた。
「気にするな、と言っても無駄でしょうけれどね。あの子は私達の子です。
だから幼いながらも貴女の真意は理解できるはずです」
再び悲しげに眉を寄せたセイに総司が微笑みかけた。
「それにね。貴女にばかり任せては私の立場も無いでしょう?
この先は私に任せてくれませんか?」
「この、先・・・ですか?」
「ええ。教える事はあまり得意ではありませんが、我が子の為です、
頑張っちゃいますよ、私」
ツンと顎を上げて語る様子にセイの頬が綻んだ。
「総司様ったら・・・」
クスクスと笑っていたセイの表情が再び曇った。
「すみません。でも本当は総司様が一番お辛かったですよね」
妻が剣をまともに振れない息子を打ち据える。
それを黙って見ていたのだ。
その上良心の呵責から相稽古を申し出た妻を容赦無く叩きのめした。
セイが心の痛みを体の痛みで紛らわそうとしているのを承知していたからこそ、
総司は一切の手加減をしなかったのだ。
それはどんなに苦しい事だっただろう。
じわりとセイの瞳に滲んだ涙を困ったように総司が拭う。
「そんな事はありませんよ。それにね、貴女達の喜びも悲しみも痛みも全て私が
共に引き受けるって決めているんです。だからこんな事は当たり前なんです。
むしろ貴女に苦しい思いをさせてしまった事の方が切なかったかな」
淡々と紡がれる言葉の端々から自分に対する労りを感じ取ったセイが
スン、と鼻を鳴らした。
「ほら。そうやって貴女が悲しむのが一番私には辛いんですから。
ね、泣かないで? もう、今日は何も考えないで・・・眠りなさい」
繰り返し髪を撫でる手の平は大きく優しい。
幾つもの打撲のせいか発熱しかかっているセイをゆるゆると眠りに誘ってゆく。
胸の痛みは相変わらずだけれど、深い想いに包まれたセイの意識は
穏やかな眠りに落ちていった。
翌日は打ち身から来る発熱と土方に無理やり飲まされた石田散薬(酒付き)の
効果で、一日中うつらうつらしていたセイだった。
意識がはっきりしている間、入れ替わり立ち代り現れる幹部達によれば、
副長室に置かれた祐太もほとんど同様の状態だという事だ。
母として息子の様子が気がかりだったが、自分のなした事が大きな引け目に
なっているのか、熱が下がるまでは寝床から出る事を禁じた総司の言葉に
おとなしく従っていた。
――― ちちち、ぴぴぴ
一日かけて体も癒えていたセイの耳に早朝を知らせる小鳥のさえずりが届いた。
「・・・ういちっ! にじゅうにっ! にじゅうさんっ!・・・」
ふと小鳥の鳴声に混じった高い声にセイが起き上がる。
隣では総司も瞼を擦りながら外の声に耳を澄ましている。
軽く身支度をしたセイが障子を大きく開いた。
「にじゅうくっ! さんじゅうっ!」
「ほらっ、肘を曲げるなっ!」
「はいっ! さんじゅういちっ!」
視界を白く染め上げるほどの眩しい朝日に照らされた庭に、小さな影が二つと
大きな影が一つ、こちらに背を向けて並んでいる。
ヒュンヒュンと風を切る竹刀の音が耳に心地良い。
「あっれぇ? 近藤先生?」
セイの後ろから顔を出した総司が驚きを隠さずに声を上げた。
「のん気な両親だな・・・」
至近から聞こえた呟きにそちらへ顔を向けると斎藤が縁側に腰をかけている。
「あ、おはようございます、兄上」
恥ずかしそうに俯いたセイにちらりと視線を投げ、ぽつりと呟いた。
「あいつらは天然理心流を学ぶそうだ」
「は?」
バタバタと足音を立てて斎藤の隣に座りなおした総司が
顔いっぱいに疑問を浮かべる。
「いつの間に、そんな話になったんですか? 私は知りませんよ?」
「局長がな・・・昨夜、少し話をしたらしい」
セイの本意、道場での稽古の意味、祐太と茂の父達がなしている仕事の重さ。
布団に横たわる祐太から少しの間も離れようとしなかった茂も交えて、
近藤は静かに語りかけた。
幼子には理解しきれない事も多々あったはずだが、真摯な瞳で
全てを聞いていたのだという。
そして二人が出した答えが眼前の光景だった。
「一生懸命鍛錬して、強い武士になるそうだ。まずは朝夕の素振りを二百五十回ずつ。
それができるようになってから道場で稽古をつけて貰うらしい」
くっくっく、と喉の奥で笑う斎藤に総司が首を振る。
「そんなっ。私が朝夕二百回ずつの素振りができるようになったのは
十歳も越えた頃ですよ? まだ祐太達には無理ですっ!」
「だからだそうだ」
「え?」
「ははうえっ!!」
総司の声に幼い響きがかぶった。
背後の気配に気づいたらしく、祐太がパタパタと駆け寄ってくる。
「ははうえっ、もうおからだはだいじょうぶですか?」
あれほど苦しい思いをさせたというのに、それを微塵も感じさせない祐太の様子に
セイの方が戸惑ってしまい、微かに頷きを返すのが精一杯だった。
「ははうえ、ごめんなさい。ゆうたはもう、みんなのおしごとのじゃまはしません。
そしてこんどうせんせいにおそわって、つよいぶしになります」
セイの震える指が未だ腫れの残る祐太の頬にそっと触れる。
「まだ・・・痛い?」
「いたくありませんっ!」
まっすぐセイを見上げた祐太がそのまま総司に視線を移した。
「ゆうたはうんとうんとつよくなって、ははうえをまもるんですっ!
ちちうえにはまけませんっ!」
キッパリと言い放たれた言葉を聞き、唖然としていた総司が声をあげて笑い出した。
セイに乞われ容赦無い打ち合いをしていた時、祐太の瞳の中に強く瞬いたものの
正体がようやくわかった。
この幼子は自分の痛みよりも、母が打ち据えられる事に憤りを感じていたのだ。
そして越えるべき背中として、父を認識した。
『歳三さんには負けないっ!』
遠い昔の自分の言葉が甦る。
守りたいものを見つけた時に人は強くなる。
それを誰より知っているのは自分なのだ。
そしてこの幼子にも同じ血が流れている。
「あっははは、そうですか。私に負けないですか。はっはははは」
強くなれ。
優しい母を、仲間達みなを守れるほどに、強く強くなればいい。
胸の内で祈りながら総司は笑い続ける。
その隣では幸せそうに微笑むセイが、芽吹こうとする若木を愛しげに抱きしめた。